形成外科・美容外科・美容皮膚科の東京渋谷 たか子クリニック

たか子院長のコラム

はじめに

私が日々思っていること、伝えたいことを、私らしく、私の言葉で伝えたいと思い、コラムのページを設けました。
医療に関すること、美容に関すること、それ以外の日々の思いを書いてまいります。
コラムの内容は、よく、患者さんの治療中にお話している内容でもあります。

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No.013

2007.03.12

「世界の流れ」

先日、アメリカに行った際、タクシーに乗りました。
英語がちょっと不自然な運転手だったので、「オリジンは何処から?」と聞いたところ、「チェコスロバキアから十数年前に移民してきた」との事でした。彼は「最近祖国を訪ねたところ、すごく生活が安定して、又生活費が安いから、もう数年したら祖国に帰る予定だ」と話してくれました。
その後乗った、別のタクシーの運転手はイラクからの移民でした。クェートを経由してアメリカに着いたのは、まだ数ヶ月前との事でした。
彼もきっと、チェコスロバキアからの移民の人のように、自分の国に帰る日があるでしょう。
チェコスロバキアを出た日、彼は自分が国に帰れる日が来るとは想像もしなかったでしょう。
同じように、イラクの人も何時の日か祖国に帰って住む日が来るでしょう。
世界はすごく早い流れで変わっています。
十数年前は中国やインドはその人口の多さが発展の邪魔だと言われました。しかし、ここ数年、人口が多いと言う事は「市場が大きい」と言う事で注目を浴びています。
私が初めて、マレイシアに行ったのは20年ほど前の事でした。
現地の人は「ハイウェイ」と言うけれど、「田舎のハイウェイ」には水牛が寝ていて、私には「普通の農道」にしか見えませんでした。
首都クアラルンプールでさえ、今のような高層ビルは殆ど無く、ちょっと高いビルと言えばホテルの建物ぐらいでした。
それが、たった20年で、今やクアラルンプールはツイン・タワー、KLタワーを始め、たくさんの高層ビルが立ち並び、ちょっとした街角には、当たり前のようにセブン・イレブンがあるといった変わり様です。
マレイシアが急速に発展をしていた頃、私は年に2~3回マレイシアに行っていました。その頃は訪れる度、空港から市内までの道のりの風景が、毎回大きく変わっていました。
私は、リアルタイムで見てきた日本のバブル経済とその崩壊を思い浮かべ、すごく不安な思いでその発展を見ていました。
当時、マレイシアの貧しい大学生の友達に「今のマレイシアの成長はどこか無理があるから、気をつけてみていなさいね」と伝えた事があります。
その直後、東南アジアの経済危機が発生しました。
幸い、当時のマハデール首相のリーダーシップにより、どの東南アジアの国よりも経済の立ち直りは早かったと記憶しています。
「2020年に先進国の仲間入り」を目指しているマレイシアの望みは、きっとかなうでしょう。
中国では、今、美容外科、美容医療が盛んになってきています。
しかし、長い間、美容医療を行っていなかったために、美容に対する過度の期待が感じられます。
中国は長い歴史の中で、私たちが学んだ事を経験してこなかったがために、欧米や日本の医者たちからは懸念されていたような治療が、中国では数年前にすごく流行りました。
しかし、現在、中国の法律で禁止されました。
美容医療にはそれぞれの時代に則した治療法があります。
又、時代とともに改善されてゆき、不可能が可能となったり、より楽に綺麗になれる治療が開発されたりしてゆきます。と同時に、美に対する意識も変わってゆきます。
以前は、典型的な白人の美貌が絶対の美でした。
しかし、最近は色々な人種、またはその混合が受け入れられています。
体型も痩せぎすより、メリハリのある体型の方が好まれるようになりました。
時代の流れの中で、美が変わってゆくのであれば、私たちはどうしたら良いのでしょうか?
きっと、流行を上手く取り入れながら自分らしくしてゆくのが良いのでしょう。
「時代に乗りながら、流されない。」それが、きっと一番大切です。
久保田たか子のコラム No.013「世界の流れ」
2007.3.12

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